人生はなぞるものじゃない、描くものだ。

"人一人が一生をかけて描いた絵は何よりも美しい"私の人生で出会った人のことや、僕が日々考えていることをかいていくブログ。

日本に天才がいない理由

こんにちは。

 

この世界には天才と言われる人達がいます。

でも、どのような人を天才と呼ぶかの定義はありません。

 

私の考えている天才と、

あなたの考えている天才には、

きっとズレがあるでしょう。

 

私の天才の定義は、

・人類を進歩させる者。

・現在の延長にない未来を見ている者。

です。

 

なので、

私が天才だと思う人は

ほんの一握りです。

 

どれだけ、

素晴らしく、

著しい業績を上げた人物でも、

成果が"理解できる"という時点で、

天才ではありません。

 

一般人ではすごさが理解できない。こと。

世間があの人は天才だと思える人は、

真の天才ではないと考えます。

 

それは世間の尺度で測れてしまうから。

世間の尺度というのは、現状の予測範囲内のことなのです。

 

例えるなら、

世界新記録を出したら天才なのか?

ということです。

違いますよね?

 

では、

圧倒的な新記録を出すのは

天才ではないか?と思うかもしれません。

しかし、私はこれも否定します。

 

そもそも、

人類は進化する生き物です。

過去の人間が出来なかったことでも、

未来の人には簡単に出来ます。

 

これは、人類のありとあらゆる知恵や努力、経験は時と共に受け継がれていくからです。

 

アインシュタインエジソンニュートンソクラテス、偉人達や、名も知らない人たちの知恵を私たちは受け継いでいます。

 

そんな偉人と呼ばれた人達もまた、過去の人類の知恵を受け継いでいました。

 

同じようにあなたの人生も未来の人類の知識として受け継がれていきます。

 

こう考えると、記録というのは更新されていくのは必然ということがわかります。天才ではなくても記録は更新できるのです。

 

実績や結果など、測定可能な尺度では、天才は見つけられません。

 

さて、

ここからが、本題です。

 

日本に真の天才がいない理由。

 

よく日本教育の問題が指摘されます。

僕もこれには同意します。

教育が変われば、天才が力を発揮する機会が増えることでしょう。

 

しかし、

天才がどれだけ力を発揮できたとしても、社会は真の天才に気づけないのではないか。

と考えます。

 

 

日本に真の天才がいない理由は、

日本が真の天才を見つけられないから。

です。

 

一般人には理解できないのですから。

天才は死んだ時に天才と認められる人達なのかもしれません。

 

人が一生を懸けて描いた絵は、何よりも美しい。